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元ベンチャー企業CIOにして、自称LOHASのカタリスト。日々のロハスな出来事をエッセイにしてみるつもりですが、全然関係ないことも一杯書いてるような気がする。


by lohasway
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「ゆとり」を得る裏側で、実は犠牲にされる「ゆとり」

いろんなところで、ゆとりについて議論することがあるのだが、今日同僚と話していて、すごく納得したことがあった。

昨日のお茶屋さんへの取材でも話題にあがったことなのだが、私達の生活は、一昔前に比べれば格段に便利になっている。日本茶ひとつとっても、ティーバッグはもちろん、インスタントの粉末あり、今やペットボトルでお茶を買う時代である。

お湯を沸かし、急須に茶葉を入れ、湯呑みを温め、急須にお湯を注ぎ、頃合いを見計らって湯呑みへお湯を注いでいく。そのプロセスをすっ飛ばし、今はインスタントな商品で時間を買うことができるのである。では、そこで買った分他の何かに有効に時間が使えているのかと思うと、そういう実感は全くない。

他にも色んな場面で便利なことは私たちの周りで確実に増えてきているはずで、ゆえにその分生活にゆとりがもっとでてきていいはずなのだが、現実は正反対で、どんどんどんどんせわしなくなっていくのは、なぜだろうか。

それは、私達はゆとりが出た分、実は以前に比べて余計なことをたくさんしているのではないかと。例えば、携帯電話やメールが普及して便利になった反面、以前なら後回しにしようとか、明日にしようとかで、一呼吸おいておけたものを、今は直にやらなければならないような、脅迫観念に捕らわれてしまう。

スイッチを押すと、直ぐ結果が出る。始まりから終わりまでのプロセスを理解することなく、楽しむこともなく、結果のみ確認。そして、自分が期待した結果でなければ、リセット。買い換え。もういいや、捨てちゃえ。まるでコンピュータでのシミュレーションそのまま。そして、ゆとりの時間で頭を休めることもできず、同じくコンピュータのメモリのようにゼロかイチかの薄っぺらい経験と知識のみが頭の中に蓄積されていく。

ものの裏側にあるものに思いをはせたり、じっと観察して探求してみたり、いろんなものをつなぎ合わせて空想してみたりといった、一見無駄かもしれない、でも人間らしい、まさに“LOHAS”な頭の使い方をするゆとりの時間が持てない。

自分のやるべきことが、かなり見えてきたような気がする。
by lohasway | 2008-09-24 19:30 | ゆとりの時間